A LA MEXICANA

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"PELÍCURAS 映画" posts

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メキシコの過去と現在を「トラテロルコ」を通して見る。

メキシコ映画ネタは久しぶりの気がします。せっかく三文化広場の話を書いたので、三文化広場とかかわりの深い映画の話をしたいと思います。
まずは、Rojo Amanecerから。
Rojo Amanecer

直訳すると「赤い夜明け」というこの映画は1968年10月2日に三文化広場で起こったメキシコ政府による市民の大量虐殺事件を描いています。

この映画は舞台となった三文化広場に隣接する団地に住んでいた、ごく一般的な中流家庭を通してこの惨劇を描いていますが、虐殺事件の起こった当日、いつもの通りに一家が起床し、元軍人である祖父が10月2日のカレンダーをめくるところから始まり、実際に事件がどのように起きたのかを証言を元に忠実に描いています。この映画は虐殺事件を知る題材として素晴らしいだけでなく、やはり映画としての素晴らしさが際立っています。映画はほとんどがこの一家の部屋の中だけで進行して行きます。アパートの外で繰り広げられているであろう派手な銃撃戦や残忍な虐殺シーンはほとんど描かれていません。にもかかわらず、役者の演技を通して、彼らの恐怖、苛立ち、怒り、絶望が痛いほどに伝わってきます。
Rojo Amanecer 2

1989年の映画ですが、虐殺が行われた1968年から20年以上経た当時でも、まだトラテロルコの虐殺をテーマにすることはタブーであり、予算確保も難しかったことなどもあり、低予算で製作されたわけですが、予算をかけなくても演出や演技力だけで映画は成り立つことを実証する映画の一つだと思います。特に一家の母親役のMaría Rojoや映画の中でも兄弟役を演じているDemian BichirとBruno BichirのBichir兄弟などメキシコ映画界を代表する役者の演技力により密室の心理劇が生生しく感じられれます。また、ラストに家族の中の最年少の少年がアパートの階段を下りていくシーン、何事もなかったかのように清掃していつもの一日が始まろうとしている風景は、無言のままにこの問題を観る者に重く投げかけてくるように感じました。
多くの方はメキシコでこのような虐殺があったことを知らないかもしれません。ぜひ観て欲しい作品のひとつです。

もうひとつの映画はTempolada de Patos(邦題:ダックシーズン)
Tempolada de patos

こちらのほうはメキシコのアカデミー賞に該当するアリエル賞の主要部門を含む11部門を受賞し、日本でも公開されずいぶん話題になったので、観た方も多いのではないでしょうか。この映画の舞台もRojo Amanecerと同じトラテロルコの団地のごく一般的な家庭のアパートの部屋でごく普通の日常である一日が停電をきっかけに思わぬ方向に繰り広げられています。つまり、Rojo Amanecerと一見なんの関係もなさそうな映画ですが、場所や設定など共通点が多く、これは偶然ではなく、監督は意図的にトラテロルコを選んだのだと思います。この映画は2004年に発表されていますが、トラテロルコの虐殺から40年近く立った現在のメキシコ。トラテロルコの虐殺以降、メキシコにおける学生運動は急速に下火となります。その後、予定通りオリンピックが開催されました。メキシコは50年、60年代に工業化を遂げ、オリンピック開催に見られるとおり、当時は経済的にも好景気で国は成長を遂げていきましたが、その後経済危機に見舞われ、さらに国内に著しい格差を生んでいきます。40年近くの歳月を経て、結局多くのメキシコ人は閉塞感を抱えたままなのである、ということがこの映画において描かれている、と私は解釈しています。だからこそ、映画の舞台はトラテロルコだったのだと思います。ただ、Tempolada de Patosの方は少なくとも閉塞感から脱出できる希望を感じさせるエンディングであることで救われる感じがします。
Tempolada de patos 2

ダック・シーズン [DVD]
フェルナンド・エインビッケ
B000IB14X8


Rojo AmanecerとTempolada de Patoはまったく異なる映画のようで、根底ではつながっているのだと思います。この映画をもう一度「トラテロルコ」という歴史上重要な場所を通して再び観ることをお勧めします。また違ったメキシコを見えてくるかもしれません。
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メキシコにおける多様性。

メキシコと言えば多民族国家ですが、その民族性は先住民族において語られることが多いですが、メキシコには実にさまざまな国・地域からの移民が生活しています。
私は以前Polancoで仕事をしていたのですが、Polancoと言えばイスラエル人が非常に多い地域なのです。とりわけOrtodoxoと呼ばれるユダヤ教の正統派である人たちなので、男性に関しては一目でわかります。
2001年のデータによるとメキシコには50,700人のイスラエル人が居住しており、90%がメキシコシティー在住でとりわけPolanco, Santa FeやCondesa-Hipódromoに多くが生活しています。
Polancoで仕事をし始めた頃はOrtodoxoがたくさん職場周辺を歩いているのが最初は非常に印象的だったのですが、そもそもPolancoはイスラエル人が開発したともいえるエリアで、Sinagoga(シナゴーグ)も目立ちます。
直接イスラエル人とは何の関係もない生活を送っていましたが、ある意味イスラエル人のいる環境にもそれほど違和感を感じず生活していたわけです。

そんな毎日を映画5días Sin Nora(邦題 ノラの遺言)を観つつふと思い出しました。
5 dias sin Nora

この映画は2010年のアリエル賞で作品賞を受賞した作品で主演男優賞、助演女優賞、オリジナル脚本賞なども受賞もしています。日本ではSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2009で上映されていて脚本賞を受賞しています。
若手女性監督の作品でイスラエル人夫婦、そしてその子供とそれらを取り巻く環境を離婚した元妻の自殺、葬儀を通して描いていきます。
5 dias sin Nora 2

ストーリーは主人公であるJoséは近所に住む30年連れ添った元妻であるNoraが自殺をしたことを知りますが、ユダヤ教である一家はラビの指示に従い5日後に葬儀を行うことに。しかし、これがNoraがJoséに葬儀を司るように考えた完璧な計画だったことにJoséは気がつきます。ただし、同時にJoséがベッドの下に落ちていた一枚の写真に気がついてしまったことからNoraの完璧だった計画が崩れていって・・
と言うお話です。

メキシコにおけるユダヤ教徒、自殺を禁じるユダヤ教などいままでメキシコ映画で取り上げられることのなかった、そして重いテーマではあるのですが、それほど重く感じなかったのはところどころにユーモアが織り交ぜられていたせいもあるかと思います。また細部までこだわった脚本、映像も非常によかったと思います。
また家族、夫婦、そして一個人としての信条、生き方と宗教・社会とのかかわりを考えさせられる作品でした。

映画を通してメキシコの多様性に触れることのできる秀作だと思います。


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メキシコシティーという孤独。

最近は週に2,3本のペースで映画を観ています。と、言っても自宅でのDVD鑑賞ですが。なんせ、今住んでいる国ではハリウッド映画しか映画館で上映しないので、ハリウッド映画に基本的に何の興味もない私(と相方)は家でDVD観るしかないんですが、幸いメキシコ資本がけっこう入ってきているこの国にはなんとMix Up(メキシコのCD/DVD屋)がありまして、頻繁にMix Upでメキシコ映画やそのほか非商業映画の名作を手に入れてきて、自宅でまったりワインとチーズ、生ハムなんかをつまみながら映画を観るのがここのところの我が家の夜の過ごし方となっています。

メキシコで院生だったころは大学院で頻繁に映画上映会があったのですが、いわゆる映画討論会で、映画が終わった後、映画のテーマに精通している人が解説・批評をした後、会場にいる人たちで議論・討論していく、という日本ではあまりないイベントスタイルだと思いますが、メキシコではよくある(特に学術機関では)イベントで、こうやって自分の視点だけでなく、誰か別の人の視点から映画を観る、解釈する、理解する、というプロセスは非常に重要だと思います。残念ながら今はそういうイベントのほぼない文化が不毛な国に住んでいるのでせめて我が家では映画を観終わった後はこれまたワインを片手に映画の批評を二人でしています。

さて、前置きが長くなりましたが、今回紹介するのは2008年のアリエル賞で作品賞を受賞したParpados Azules

主人公であるMarinaはある日勤務先のパーティーで海への旅行が当たるが、旅行は2人分。一緒に行きたい、行ってくれそうな人もおらず、旧友に電話をかけ始めるが、つながらなかったり、既に所在もわからない人ばかり。唯一一緒に行ってくれそうな姉にも結局裏切られる。そんな時、ばったり再開した中学時代の同級生Victor。懐かしそうに話しかける彼のことをまったく思い出せないMarinaだったが、せっかくの旅行に一人で行きたくないMarianaは彼を旅行に誘うことを思いつくことから展開していくこの映画、メキシコシティーを舞台に、淡々とした日常生活の中で孤独とふと向き合う瞬間をうまく表現した映画だと思います。

日々の仕事、それもそんなにやりがいを感じるような仕事ではなくて、生活の糧としての単調な仕事。でも、そのおかげでとりあえず生活するのには困らない。毎日家と職場との往復で、そんなルーティンをこなすことが特に苦痛でもない。だけど、気がついたら「生きている」と言う実感さえも感じなくなってしまっているような生活。そんな生活を送っている人がメキシコシティーという大都会にはたくさんいることを実感できる映画です。同じようにメキシコシティーに住む人々の孤独をテーマにした映画と言えばAmores Perrosがありますが、Amores Perrosが痛いほどの孤独を鮮明に描き、観るものに強い衝撃を突きつける「動」としての孤独であるならば、Parpdos Azulesはもっと淡々と日常に横たわる孤独を「静」かに、でもひしひしと感じさせる孤独を描いた映画だと思います。

淡々としているのに観る者を飽きさせないのはCecilia Suárezと Enrique Arreolaの演技力によるところが大きいと思います。特にこの映画でアリアエル賞の主演女優賞を受賞したCecilia Suárezの演技がこの映画の見所でもあると思います。Cecilia Suárezの出演作はかなり観ていますが、それぞれの役が同じ人物とは思えないほど役作りのうまい役者だと思います。
またEnrique Arreolaと言えばTemporada de Patosでのピザ屋のデリバリー役で記憶に残っている人も多いのではないかと思います。彼も決して目立つ、インパクトのある演技というわけではないかとは思いますが、実力派の俳優であると思います。

この映画は「傑作」ではないかもしれません。でも味のあるいい映画だと思います。

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