A LA MEXICANA

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"RUINAS 遺跡" posts

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よみがえるマヤの遺跡。

なんだかマヤネタが続きますが、と、言うか私のブログに占めるマヤネタはけっこうありますが、それは私がメキシコ南東部を仕事の対象としているから出張も当然そっち方面がほとんどなので、当然マヤのお話が多いわけです。でも、仕事抜きでもとっても興味深いエリアであることは間違いなし。

ユカタンに行くたびにまるで別の国に来たかのような錯覚を覚えますが、今回のお話はQintana Roo州の遺跡のお話。Q.Rooで遺跡と言えば、そりゃあ、もう、Chichén Itzáですが、ひねくれ者の私はそんなメジャーな遺跡ではなく、超マイナーな遺跡をご紹介。その名もChacchoben・・日本人でこの遺跡を知っている人はまずいないと思いますが、いるとしたら考古学とかアグリツーリズムであるとか、何かそういった仕事などで関係のある人だと思います。

そういう私も全然知らない遺跡だったのですが、急遽この遺跡に行くことに。理由はChetumalに出張しているときに、日本からの出張者の方が「カリブも見たいけど、遺跡も見たい!」とおっしゃいまして。同じQ.Roo州でもカンクン辺りにいればそんなのはお安い御用なのですが、我々の滞在場所はChetumal・・しかも私は暇だったのだけど、同行する同僚にはまだ山のように仕事が残っていたのであまり遠出もできない。

うーむ。
と、言うことで私の考えたChetumalからカリブ海も遺跡も短時間で楽しむコース。で、最もアクセスが良かったのがこのChacchoben遺跡だったわけです。そんな訳で、まあ、あまり期待もしていませんでしたが、きっと日本から来た人であればそれほどたいしたことない遺跡でもそれなりに感心してくれるかも・・と思い一路Chacchobenへ。

途中、道路の標識を頼りに田舎の農道のような道を進む。うーむ、これはあんまり期待できそうにない気がする・・と思いつつ、あっけなく到着したChacchoben遺跡。

が、私の予想に反してなかなか立派な入り口。これは、ちょっと期待できるかな・・と思いつつ入場。
q.roo ruinas

歩いてすぐにあったピラミッド。ざっと観て思ったのは、非常によく整備されてます。日本で生活されている方には熱帯の植物の成長と言うのはあまりピンと来ないかもしれませんが、かなり、いや、びっくりするほど早く成長します。これだけちゃんと整備するのはかなり大変。しかも、この暑さなの中。
q.roo ruinas 2

ちょっと調べてみると、わりと最近までこの遺跡はメキシコの遺跡関係の最高機関であるINAHが見学を許可していなかったようです。調査そのものは1994年に開始されたそうですが、おそらく調査中、あるいは修復作業中だったのでしょう。事実、まだ遺跡を説明するものが何もない状態でした。(詳しく知りたい方は有料のガイドはいます。英語ガイドもいます)
q.roo ruinas 3

この遺跡の本来の名前は不明で、この遺跡のある村(Ejido)がChacchobenだったことからそう名づけられました。意味はマヤ語でMaíz Coloradoだそうです。
q.roo ruinas 4

この遺跡は紀元前200年から 紀元後700年の間のものだという調査結果が出ています。遺跡にある文字は解読不能な状態にあって、謎も多いようですが、グアテマラのPéten地方の都市とつながりがあったのではないかと、その建築様式から言われています。
q.roo ruinas 5
周囲はもう、圧倒的な自然。そして、うだるような暑さです。
q.roo ruinas 6

この遺跡70ヘクタールほどあるらしく、けっこう広いのですが、周囲にはトゥカンなども棲息していて、運がよければ動物も観れるかもしれません。マヤの遺跡はたいてい密林の中にあって遺跡は保存されることによって周辺の自然環境も保全されるので遺跡と自然観察を組み合わせたツアーなんて面白いのではないかとよく思います。
q.roo ruinas 7

遺跡と言うのは観光開発の目玉の一つなのですが、このChacchobenも同様で、Chetumalからカリブのきれいな海があるMahahualへ抜ける途中にあるので非常にアクセスがいいんですよね。そして、この一体は天然のガムが採れるところで、かつてはそのガムで生計を立てていました。ちなみに、ガムの原産地はメキシコのこのマヤ地域なのです。マヤの人は昔からこの天然ガム(Chicle)をかむ習慣があったのがその後アメリカに広まり、アメリカから世界に広まったんだそうです。
q.roo ruinas 8

しかしその後天然ガムの代わりに酢酸ビニル樹脂が使われるようになり、この辺りの村落は大打撃を受けて衰退して行きます。しかしながら、ここ最近天然嗜好のが強まったり、また、その天然ガムの採集を観光客が見学、体験できる旅行形態を提案したりしてまた息を吹き返しつつあります。

この遺跡も天然ガムも長い歳月を経てまたよみがえろうとしているわけです。

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11年越しのテオティワカン

数ヶ月前の話ですが、11年ぶりに!テオティワカンへ行ってきました。
11年前にメキシコで仕事をすることになってD.F.へ到着した翌日連れて行ってもらったのですが、その時は引越しの準備やら長旅やら空気の薄さなどで、とっても疲れていて太陽のピラミッドに登ったあと、ツキのピラミッドも登りたいか?と聞かれたけど、登らなかった・・と言うか登るだけの体力残っていなかったのと同時にまあ、どうせまたすぐに家族とか友人を案内するのに度々来ることあるだろうし、また次回でいいや・・と思ったら11年後になりました(笑)。

ここはメキシコシティーから1時間程度でいけることや世界遺産に登録されているので毎日たくさんの人が訪れています。メキシコでもっとも入場者が多い遺跡だと思います。
今回は地道に北バスターミナルから出ている2等バスで行ってきました。ちなみに8番ゲートのところにチケット売り場があります。
teotihuacan

いやぁ~、暑そうだ。帽子必須です。遺跡に入るとたくさんのお店が帽子を売っているのでここでメキシコ的な帽子を買うのもいいかもしれませんが。水もあったほうがいいですね。もちろん歩きやすい靴、格好で。

それではピラミッドのご紹介・・と言いつつWikipediaから以下引用。
テオティワカン (Teotihuacan)とは、メキシコシティ北東約50キロの地点にあり紀元前2世紀から6世紀まで存在した巨大な宗教都市遺跡。当時のアメリカ大陸では最大規模を誇っていた。
極めて計画的に設計された都市で太陽のピラミッド、月のピラミッドそして南北5キロにわたる道(「死者の大通り」)が基点となり各施設が配置されている。太陽のピラミッドの地下には、人類の起源の地との伝説のあるチコモストックをおもわせる七つの洞穴が枝状につながる洞窟があったので都市を建設する際の立地条件になったのかもしれない。紀元前50年にテスココ湖の南方に立地したクィクィルコがシトレ火山の噴火によって埋まると急速に発展した。都市の面積は約20平方キロメートルで、最盛期には、10万から20万人が生活を営み下水網も完備されていた。しかしながら人口の集中に伴い下水道もその処理能力を超えるようになり、やがて旱魃等の災害により、治安が悪化して、やがて滅びを迎えた。メソアメリカの中心的都市として機能していた。古代都市に固有の城壁が存在しないことから戦争や圧政のない平和な都市と考えられていたが、近年の発掘調査の結果から、生け贄を捧げる風習が存在したことが判明した。
teotihuacan 2

ぼちぼち歩いていると太陽のピラミッド((高さ65 m、底辺222 m×225 m)が見えてきます。
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更に近づくと、デカッ!
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頂上に到着。11年ぶりに見る景色。やっぱり11年前の記憶に残っている景色より周辺が開発されて建物が増えた気がする。
teotihuacan 6

さて、頂上にはなにやら人だかりが・・
teotihuacan 5

これ、太陽のピラミッドの中心になる部分なんだそうで、ここに一番「気」が集まるんだそうで、その「気」を体感しようと皆さんがんばってます。あ、私もついでにがんばってみました 笑。
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さて、11年前には疲れて行く気にならなかった月のピラミッド (高さ47 m、底辺140 m×150 m))へ。ちなみにこの道は「死者の大通り」と呼ばれる通りになるのですが、これはテオティワカンを南北に通っていて全長4キロ!
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が、さっきの「気」が利いたのでしょうか?マジでランニングしてでもいけるくらい元気に。11歳も歳をとったとは思えん。
teotihuacan 9

そう言えばテオティワカンでもっとも圧倒されるのは一番大きい太陽のピラミッドではなく、この月のピラミッドからの景観だと思い出しました。

テオティワカンとは、「神々の都市」という意味で、これは後にこの地にやってきたアステカ人が命名した。・・とWikipediaにありますが、まさにここからの景観はそんな感じですね。

11年越しのテオティワカン再訪が叶って満足な一日でした。

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世界最大の遺跡

前回でとりあえずPUEBLAシリーズは終了なのだけど、今回はPUEBLAから7KMほど離れたCHOLULAをご紹介。本当はCHOLULAに行ったのは1年以上前の話なのだけど、当時忙しくてUPできないまま。この機会を逃すとまたいつUPできるかわからないので書いておきます。

CHOLULAには「世界最大のピラミッド」があるのです。世界最大のピラミッドといえば通常はエジプトのクフ王のピラミッドですが、これはピラミッドの高さであって、容積ではCHOLULAのピラミッドが世界最大でギネスブックにも認められているのだそうです。その割にはそんなの聞いたことないぞ!という方も多数いると思うのですが、その理由も含めてご紹介。

cholula

早速、PUEBLAからローカルバスでCHOLULA到着。あれ?ピラミッドは??と思おうかもしれませんが、CHOLULAのピラミッドは完全な形では残っていません。だからギネスに世界最大のピラミッドと認定されていてもそれほど有名ではないんですよね。
でも、よくみていただければわかるかと思いますが、山頂にある教会がピラミッドの頂上。つまり教会へ登る階段のあたりから頂上までピラミッドだったわけです。幅450メートル、高さ65メートルの巨大ピラミッドなのです。ちなみにテオティワカンの太陽のピラミッドの2倍の大きさに値するそうです。
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と、言うわけで頂上目指して出発。途中Chapulín(食用のバッタ)を売っている人がたくさんいて「これ食べたら元気になって登れるよ~」なんて言って売ってました。
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頂上からの景色。空の色からもちょっとわかるかもしれませんが、実はこの日大寒波がメキシコ中にやってきて、もう、寒くて死にそうになりながら登りました。
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これが頂上の教会。メキシコ市のZócaloももともとアステカの神殿があった場所でその神殿を壊して教会を作って先住民の信仰をカトリックへと向けていったわけですが、ここCHOLULAでも同じようにピラミッドに象徴される神々への信仰をカトリックに向けるために教会が建てられたのかなと思います。
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教会から降りて散策。こんなところから頂上までピラミッドだったなんてすごいです。
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入場料を払えばこのようにトンネルに入って中や遺跡の一部をもっと観る事が出来ます。ちなみにトンネルは全長8キロもあるのですが、観光客が通れるのはその一部。トンネルには色鮮やかな壁画もあって、特に有名なのがPulqueの神にささげる壁画。100人くらいの人がヘベレケに酔っ払っている姿が描かれているそうです。そんなおもしろそうな壁画ですが、残念ながら現在は一般には公開されていないようです。
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別のアングルからピラミッドの土台と教会。
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さらに別のアングル。この遺跡が破壊されていなかったら・・と想像してしまいます。
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最後におまけ。CHOLULAのお土産屋さんにて。CHOLULAはPUEBLAから近いのでもちろん日帰りで十分なのですが、この街は学生街ということもあっておもしろそうなBARやけっこうお洒落な感じのCAFEやレストランもあるので、ちょっとゆっくりするのもいいのじゃないかと思います。

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